こんにちは。冨樫純です。
「眼に映ったものと記憶されるもの」についてのコラムを紹介します。
ただ眼に映ったものを見るというだけでは、記憶されることはなく、集中や意識して見ることによって記憶されるようです。
われわれの眼には、常にいろいろなものが映っている。
しかし、後で思い出すことができるのは、そのうちのごく一部にすぎない。
スパーリング (Sperling,1960)は、被験者に、文字(数字を含む場合もある)を3行3列あるいは3行4列に並べた刺激を、ごく短時間(50 ミリ秒)瞬間提示し、直後になるべく多くの文字を報告させた。
このように全体について答える全体報告法では、正しく答えられた字数は、多少の個人差はあるが、提示された刺激の字数や配列にかかわりなく平均して4.3字であった。
提示時間が短すぎてその程度しか見えなかったのではないかという疑問を検討するために、提示時間を10倍の500ミリ秒まで増しても、結果は変わらなかった。
しかし、被験験者の中には、自分が報告したより
も多くの文字が見えていたと述べる人が多かった。
これは短時間に多くの情報を保存できていたのに、その情報を報告する直前に忘れていったという可能性を示す。
このような短時間の保存を調べるために、たとえば、4文字×3行312文字の提示後、3種類の音をランダムな順序で提示し、高い音が聞こえたときは上の1行、中間の高さの音のときは中の1行分、低い音のときは下の1行を報告する、部分報告法が考案された。
その結果、それぞれ1行4文字中、平均3文字が報告できた。
被験者には全体の文字のうちどの行が指定されるのかが予測できない。
したがって指定された1行4文字中平均3文字が報告できたという事実は、指定されない他の行についても同程度に報告できた可能性を示唆する。
そこで4文字×3行=12文字分に換算すると、平均して9文字が報告できたという可能性が考えられ、全体報告法の場合の平均4.3文字より高い割合であった。
さらに、文字刺激の提示後、報告する行を指示する音までの時間間隔を変化させたところ、時間間隔が大きくなるにしたがって部分報告の有利さが減少し、約1秒の遅延でほとんど全体報告と同じと
なった。
下記の本を参考にしました
『心理学』第5版補訂版
鹿取 廣人 他2名