こんにちは。冨樫純です。
独学で、倫理学を学んでいます。
そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。
タイトル
倫理の問題に客観的な答えは存在する?
私たちは倫理や道徳の問題に客観的な正解がある
と誤って思い込んでしまっているだけなのでしょうか。
実際のところ、マッキーの主張に賛同する人は、多いのではないかと思います。
客観的な正解を裏づけるようなものは自然界には存在しない。しかし、あまりにも皆が好き勝手にやってもらうのも困る。
だから、社会はこうあってほしい、という皆に共通の願望に基づいて、共通の倫理を創作し、法律や教育制度によってそれを強制する。それが現代社会の在り方じゃないか、と。
こうした考え方には一理ありますし、実際、倫理学者のなかでも支持する人はたくさんいます。
しかし、 他方で、それでは納得しない人たちもいます。特に、根本的なところでは倫理とは、どんな時代、場所、文化にあっても同じであるはずだと考える人たちは、マッキーのような主張に強く反対します。
理由なく好き勝手に他人の命を奪ってはならない、他人の所有物を奪ってはならない、他人の自由を奪ってはならない、などのことは、いつでもどこでも変わることなく守られねばならない倫理の基本的な主張であるように思われます。
もちろん、こうした基本的な倫理が、事実として、ある時代のある社会においては守られていない、正解として扱われていないということは、確かにあります。
しかし、それはその社会が間違っているということに他なりません(体罰の事例を思い出してみてください)。
法律であれ、教育制度であれ、それらは単に人々の願望を叶えるためではなく、むしろ、ときには人々の願望を矯正しながら、真に正しい社会を作るために制定されるのでなくてはならない。
このような考えもまた、むげには切り捨てられないものではないでしょうか。
感想
ぼくもマッキーの主張を支持します。
客観的正解はないと思うからです。
下記の本を参考にしました
『「倫理の問題」とはなにか』
メタ倫理学から考える
佐藤岳詩著