とがブログ

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倫理の問題に客観的な正解はあるか

こんにちは。冨樫純です。

 


独学で、倫理学を学んでいます。

 


そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。

 


タイトル  

 


倫理の問題には客観的な正解はあるか

 


さて、まずは倫理の問題に答えはあるか、という問いにはどのような答えがありそうでしょうか。

 


もっとも素朴に考えられるのは次の二つの可能性です。

 


(一)倫理の問題に、正解はない

(二) 倫理の問題に、正解はある

 


皆さんは、どちらに賛成でしょうか。しばしば聞かれるのが、(一)の倫理の問題に正解などないという意見です。

 


確かに、倫理の問題は簡単には答えられないものが多いようです。

 


より多くの人を助けるために、少数の人を犠牲にしてもいいかという問題一つをとってみても、答えは人によって分かれるでしょう。

 


しかし、倫理学の世界では、実は(一)はあまり

人気がありません。というのも、倫理の問題には、明らかに、答えられるものもあるからです。

 


たとえば、何の特別な事情もないときに、他人に暴力をふるってもよいか、他人のものを取り上げてもよいか、他人を監禁して自由を奪ってもいいか、他人の命を奪ってもいいか、などの問題は、すべてノーが正解だと言えるのではないでしょうか。

 


あるいは、いわれなく子どもにひどい暴力をふるったりすることは、倫理的に見て明らかに不正解だと言っていいのではないでしょうか。

 


そんなものはないとする立場もあれば、いや、客観的な答えはある。

 


もちろん特別な事情というのが絡んでくると、途端に事態は複雑になります。

 


たとえば、刑罰という観点から見るなら、先ほど挙げたものはいずれも許容される余地があります。

 


日本では身体刑こそ廃止されていますが、財産刑(罰金などで財産を奪う)、自由刑(懲役などで自由を奪う)、生命刑死刑によって生命を奪う)が採用されています。

 


どんな事情があれば、どの程度の刑に相当するのか、特に死刑制度は認められるべきか、ということを決めるのは、非常に難しいことです。

 


しかし、答えるのが難しいことと、正解がないことは違います。数式が長く複雑になれば計算は難しくなるのと同じで、 事情が複雑になればなるほど正解を出すことは難しくなります。

 


計算に入れねばならない事象が増えれば増えるほど、証明の完成は遠のきます。

 


しかし、だからといって、そのために答えがなくなるわけではありません。

 


多くの倫理学者たちも、同じように考えています。確かに、人々がどれだけ知恵を絞っても、なお答えが分からない問題もたくさんあります。

 


それでも複雑に絡まりあった事情を一本一本、丁寧に選り分けていくことで、少しでも正解に近づくために、倫理の研究は行われています。

 


感想

 


倫理の問題には、明らかに、答えられるものもある、という箇所がおもしろいと思いました。

 


倫理問題には正解がないと思っていたので。

 


下記の本を参考にしました

 


『「倫理の問題」とはなにか』

 メタ倫理学から考える

 佐藤岳詩著

 光文社新書

 

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