こんにちは。冨樫純です。
独学で、政治学を学んでいます。
そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。
タイトル
ユダヤ教という起源
ローマが元首政へと移行して間もない時期、ローマ帝国の周辺部ユダヤの地で、キリスト教が誕生した。
ガリラヤと呼ばれた地域で活動した「ナザレのイ
エス」という人物を救済者とみなす人々が生み出したこの宗教は、やがてユダヤ人共同体の枠を越えて拡大し、 ローマ帝国の国教となっていった。
それでは、すでにヘレニズムやローマの文化が浸透していたこの地域において、それとは全く異質な起源をもつキリスト教は、どのようにして人々の心をつかんでいったのであろうか。
このことを考える上では、キリスト教の母胎となったユダヤ教について、振り返っておく必要がある。
ユダヤ教の聖典である『旧約聖書』によれば、カナン (パレスチナ)の地に入った遊牧民の族長であるアブラハムは、神の祝福を受け、民族の繁栄を約束される。
その孫であるヤコブは、この地を彼と子孫に与えるという約束を神と交わし、イスラエルと改名した。
しかしながら、エジプトに移住したユダヤの人々はこの地で迫害を受け、指導者モーセに率いられてエジプトを脱出する (出エジプト)。
父祖に約束されたカナンの地をめざして砂漠をさまよった彼らは、やがて自分たちは唯一の神ヤーヴェとの契約を交わした選ばれた民であるという自覚をもつに至った。
ヤーヴェから授かった十戒を守ることで、神はユダヤ人を守ってくれる。このような独特な「神との契約」の思想は、ヤーヴェ以外の神的存在をいっさい認めない一神教という側面とともに、以後のユダヤ教の大きな特色となった。
とはいえ、その後のユダヤ人の足跡を見れば、神との約束は裏切られ続けたともいえる。
ダヴィデ王やソロモン王の時代に黄金時代を迎えたイスラエル王国は、後に周辺の大帝国による侵略を受け、南北に分裂した。
やがて捕囚として移住を強制されるなど (バビロ
ン捕囚) 苦難を経験した後、135年に最終的にはローマ帝国の植民地となって滅亡したのである。
祖国を失い、ディアスポラ (四散)を経験したユダヤの人々は、このような苦難にもかかわらず、むしろそれを神が与えた試練として受け止めた。
神との約束を忘れないことこそがユダヤ教の精神的中核となっていったのである。
感想
下記の本を参考にしました
『西洋政治思想史』
宇野 重規著
有斐閣アルマ