とがブログ

本の紹介と、ぼくの興味があるテーマについて書きます。

女性が自由な時代

こんにちは。冨樫純です

 


独学で、社会学を学んでいます。

 


そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。

 


タイトル  戦国時代―自由闊達な日本女性たち

 


〈男らしさ〉〈女らしさ〉のようなジェンダーのあり方は、何も文化によって変容するだけではな

い。

 


歴史の変化の中で、大きな変貌をみせてきたこともおさえておかねばならない。

 


そのことは、かつては確固たるかたちで人間の世界イメージ=コスモロジーを形づくってきた「男/女」の二元論が、いまや崩れはじめていることがはっきりと示していることでもある。

 


〈男らしさ〉〈女らしさ〉が、歴史の中で変化してきたということについて、一つ具体的な例をあげてみよう。戦国時代の日本の話だ。

 


現在、日本社会は、発達した諸国の中では、最も女性差別のひどい国として知られている。

 


しかし、この「女性差別大国」日本は、過去一貫してこの不名誉な「栄冠」を与えられつづけてきたのかといえば、そうでもなさそうなのである。

 


ルイス・フロイス、というポルトガルの宣教師をご存じだろうか。NHK大河ドラマの好きな方は思い出すかもしれない。

 


何年か前、『ザ・キング・オブ・ジパング――信長』と題した大河ドラマをやっていた。

 


これに、先ほどのルイス・フロイスを語り手として登場させていたからである。

 


じつはこのフロイス、大部な著書『日本史』をはじめ、日本についてたくさんの文献を残している。

 


なかでも面白いのが、当時のヨーロッパ文化を日本文化と比較している文章だ。

 


これは、現在では「日本文化とヨーロッパ文化」という書名で岩波文庫に収められているため、手軽に読めるようになっている。

 


これを読んでいくと、男女関係についてきわめて興味深い記述に出会う。当時の日本の女性たちが、その時代のヨーロッパの女性と比べて、より積極的であり、また、男性たちに対して比較的対等に近い関係をもっていたことが生き生きと描かれているからだ。

 


たとえば、ヨーロッパでは未婚の女性の最高の栄誉と貴さは、貞操であり、またその純潔が犯されない貞潔さである。

 


日本の女性は処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても、名誉も失わなければ結婚もできる、などという文章がある。

 


カトリックの宣教師だから純潔を大切にする気持ちが強いのだろうが、当時の日本の状況は、ある種のフリー・セックス状態、に映ったことだろう。

 


同様に、ヨーロッパでは娘や処女を閉じ込めておくことはきわめて大事なことで、厳密に行われる。

 


日本では、娘たちは両親にことわりもしないで一日でも幾日でも、ひとりで好きなところに出掛ける、などというのもある。

 


また、次のような一連の文章を読むと、当時の日本の状況が、ヨーロッパの状況と比較して、はるかに男女対等に近いものであったことがよくわかる。

 


ヨーロッパでは夫が前、妻が後ろになって歩く。

 


日本では夫が後、妻が前を歩く。

 


ヨーロッパでは財産は夫婦の共有である。

 


日本では各自が自分の分を所有している。時には妻が夫に高利で貸し付ける。

 


ヨーロッパでは妻を離別することは、罪悪である上に最大の不名誉である。

 


日本では意のままに幾人でも離別する。妻はそのことによって、名誉も失わないし、また結婚もできる。

 


(ヨーロッパでは)汚れた天性に従って、夫が妻を離別するのが普通である。日本では、しばしば妻が夫を離別する。

 


ヨーロッパでは妻は夫の許可がなくては、家から外へ出ない。日本の女性は夫に知らせず好きな所へいく自由をもっている。

 


戦国時代の日本の女性たちが、経済的に自立しているばかりか、夫の「付属物」としてではなく、明らかに自発的な意志に基づいて行動している様子がよくわかる。

 


次のようなフロイスの記述は、上層階級にかぎられているとはいえ、当時の日本女性の知的・社会的地位が、ヨーロッパと比べ高いものであったことをうかがわせるだろう。

 


さらに、次のようなフロイスの描写からは、なかなか勇ましい日本の女性たちの姿が彷彿とされる。

 


ヨーロッパの女性は横鞍または腰掛けに駆っていく。日本の女性は男性と同じ方法で馬に乗る。

 


ヨーロッパでは女性が葡萄酒を飲むことは礼を失する者と考えられている。日本ではそれはごく普通のことで、祭りのときにはしばしば酔っ払うまで飲む。

 


男子厨房に入らずは、日本の古代からのよき習慣だ、などとうそぶいている男性にとっては、ちょっとショックかもしれないが、次のような記述もある。

 


ヨーロッパでは普通女性が食事を作る。日本では男性がそれを作る。そして貴人たちは料理を作るために厨房に行くことを立派なことだと思っている。

 


どうだろう。これは、ぼくたちがしばしば抱いている「男尊女卑の日本文化」が、少なくとも戦国時代においては、あてはまらないということを示しているだろう。

 


感想

 


戦国時代の日本の女性は現代とは違ったいたようです。

 


下記の本を参考にしました 

 


男性学入門』 

 伊藤 公雄

 作品社

 

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