こんにちは。冨樫純です
独学で、社会学を学んでいます。
そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。
男性学が学問として認知されるようになったのは、1980年代に入ってからのことのようだ。
サム・フェミアノの『男性学の起源とカリキュラムへの示唆」によれば、1984年の段階で、アメリカ合衆国の大学で、40の講座が開かれていたという。
じつは、ぼくが社会学の授業で、「男性問題」を扱いはじめたのも1984年だった。
たぶん、ぼく以外にも、当時、「男性問題」を授業で取り扱った研究者もいただろう。
だから、ほぼ同時期に、日本でも男性学をテーマにした授業があったということだ(別に競争をしようというわけでもないが)。
しかし、1992年の段階で、アメリカ合衆国では400ほどの講座が開設されているというから、男性学と銘打った講義の数がほんの数えるほどでしかない日本の状況は、かなり出遅れている。
まだまだ研究者の少ない日本と違って、70年代から、多くの男性運動が活発に展開されてきたアメリカ合衆国では、すでに多くの蓄積があり、男性学は多様な展開をみせようとしている。
具体的にどんな流れがあるかといえば、これもまとめる視点によって、さまざまな分類の仕方がある。
その一例として、ここで、K・クラッターボウが、「男らしさをめぐる現代の展望」で示した分類などを参考にして、ぼくなりの分類をしめしておこうと思う。
それは次のようなものだ。
「女性問題」を自分たち男性の解放と重なる問題だと考える「親フェミニスト派」。
古い〈男らしさ〉の復権や強化をはかる「保守派」。
現代社会における男性の相対的な権利剥奪状況を批判し、ときに女性の主張を男性に対する〝逆差別"だと糾弾する「男性の権利派」。
男性性の危機を、男性原理の不全状況に求め、その回復を追求しようとする「精神主義派」。
男性問題をマルクス主義的な問題関心から分析しようとする「社会主義派」。
現代社会における「ヘテロ」(異性愛)強制の問題性や「ホモフォビア」(同性愛嫌悪)の構造を批判する「ゲイ派」。
男性問題を人種問題と結びつける「ブラック・アメリカン運動」。
アメリカ合衆国の男性学も、大学教育の内部においては、女性問題とかかわらせながら授業プログラムが作られているようだ。
つまり、多くは、フェミニズムに開かれたかたちでの男性研究が多いという印象がある。
また、現実の男性運動においても、女性問題の解決を、男性問題の解決と結びつけて考える運動体も存在している。
たとえば、「親フェミニスト派」を代表する男性学者、ミケーレ・キンメルは、自分たちのプロ(親) フェミニズムの男性運動「NOMOS」(性差別に反対する男の全国組織)の出張を、こうまとめてみせる。
このグループの運動は、三つの原則のために積極的に活動している男と女(女は会員の約一割)の全国組織だ。
第一は、女と男の完全平等。
第二は、ゲイ・レスビアンの平等。
第三は、より豊かで、深く、意義ある生き方をしたいと願う男たちを支持すること。
僕たちは、第一・第二がなくして、第三はありえないと考える。
女と男が平等でないかぎり、そしてセクシズムとホモ嫌いを終息させないかぎり、豊かで深みのある充実した人生を築けないと信じる。
この点が、僕らの運動が、他の男の運動と異なる点だ。
しかし、アメリカ合衆国の「男性運動」や「男性学」の全般状況ということになると、キンメル
さんのような「親フェミニスト派」ばかりではない。
現実の男性運動の動きや、書店などにならぶ男性学関係の書物の傾向からみると、むしろ、「男性の権利派」や「精神主義派」が優位であるような印象もあるからだ。
たとえば、70〜80年代に行なわれた「〝父親〟運動」や「〝自由な男〟運動」は、離婚の際の子どもの「親権」などをめぐる「男性差別」の告発(子どもの親権を女性が得ることが多いのは「男性差別」だという主張)とともに、しばしばフェミニズムによる“男性性の過剰な一般化=ステレオタイプ化"男は、本来的に暴力的で破壊的なものだという一般化)への批判を行なってきた。
また、90年代の「精神主義派」の男性運動の思想的支柱であるロバート・ブライは、「フェミニズムに対して敵対するつもりはない」と語りながらも、傷つきやすい男性たちの自己回復の道を、(とくに父親に代表される) 男性同士の密接なコミュニケーションを通じて切り開こうとしている。
ここで男性の自己回復の方向として描かれているのは、“野性的で確信をもった男性性〟という「男性原理の復権」といってもいいようなものである。
感想
アメリカで男性学が発展してきたことは、わかりましたが、それはなぜなのかという疑問は残りました。
また、日本が遅れている理由も知りたいと思いました。
下記の本を参考にしました
『男性学入門』
伊藤 公雄
作品社