こんにちは。冨樫純です。
独学で、社会学を学んでいます。
そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。
タイトル
自分の居場所はどこにあるのか
高校、大学(さらに大学院生)といった学生時代、私はある一つの観念に囚われていた気がする。
それはひと言でいうと、「この世界で、ほんとうに自分を活かせる場所が見つけられるなか」という思いだ。
別な言葉で言い換えれば、「あるがままのほんとうの私」を全面的に受け入れてくれるような「ほんとうの社会」はあるのだろうかという思いでもある。
さらに私一人だけではなく、多くの人びとにとってそれぞれの「ほんとうの私」を全面的に認める社会がよい社会で、社会とは本来そうあるべきだという思いを強くもっていたように思う。
そのような考えからすると、自分が生きている現実(つまりは「日本の社会」として表象されるそ
れ)は、とてもそうした理想からはほど遠くぜんぜんダメな社会としてしかイメージできなかった。
しかし、こうした思いに囚われつづけていると、だんだん生きているのが苦しくなる。
だから若いころ、こうした理想からの現実批判の思いに囚われたとしても、多くの人びとは就職して社会人になっていくなかで、「世の中、そんな理想は通用しない。社会とはそこそこ生きるに値する場だ」というかたちで、多かれ少なかれ、現実の社会生活のなかにソフト・ランディングしていくのだろう。
しかし、幸か不幸か30歳近くまで大学に残っていた私は、反社会的感情をかなりの純度で観念的に保持したまま生活していたように思う。
しかし、うまくいい表わせないが、20代の後半に「考える」という行為も「生活」そのものもにっちもさっちもいかなくなった時期に、自分自身で自分の「生」を息苦しくしているような気がしてきて、そうした自分の「生」を損なっている大きな要因が、実はこうした反社会的観念にかるのではないかという思いが自分のなかに生じた。
しかしそのころは、まだそれをうまく解きほぐす
思考方法が見つけ出せずにいた。
そんな私に発想の転回をもたらしてくれたのはやはりジンメルだった。
感想
ぼくも若い頃、筆者のように考えたことがあると思いました。
社会学者がその悩みを解決してくれたようで、ますます社会学に興味が湧きました。
下記の本を参考にしました
『ジンメル・つながりの哲学 』
菅野 仁