とがブログ

本の紹介と、ぼくの興味があるテーマについて書きます。

財政赤字に加担する人

こんにちは。冨樫純です。

 


法哲学に興味があり、それに関連する本を読んでいます。

 


そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。

 


タイトル  

 


貨幣発行自由化への考察

 


政府の裁量的な財政政策を制約するために、リバタリアンはいくつかの提案を行っている。

 


ミルトン・フリードマンマネタリストとして、貨幣供給の増加率を年率3から5%内に法律で固定するという提案をした。

 


公共選択学派のブキャナンは『公共選択の租税理論』で、安易な国債発行と増税を不可能にするために、「均衡予算原則」と「課税権の制限」を憲法上のルールとするように主張した。

 


また、これらほどよく知られているものではないが、むしろ国債の支払い停止を提案したロスバードの主張もある。

 


彼の主張では、支払停止によって国債保有者は損をするが、彼らはそもそも自分から進んで国債を買うことによって政府の手先となって赤字財政に荷担したのだから、一般の納税者よりも彼らに負担を負わせるのが正当だ、とするものである。

 


さらに、国債の支払い拒絶は赤字をなくすだけでなく、国債への信用を失わせ、それ以後の発行を困難にするという利点もあるから、

 


一石二鳥の妙案である。

 


しかし国債を買ったというだけで、これほどの損失を甘受しなければならないのか、という疑問は残る。

 


ロスバードは他にも、インフレーションをはじめとする政府の貨幣操作を不可能にさせるための、100%金準備銀行制度を主張した。

 


他のオーストリア学派の経済学者も、やはりかつて行われていたような、何らかの形態の金本位制度への回帰を説く人がいる。

 


政府の貨幣発行に規律を課するためには金以外の商品への兌換制度でも構わないのだが、金を正貨とするのが歴史的ないきさつから一番実際的だろうというのである。

 


感想

 


支払停止によって国債保有者は損をするが、彼らはそもそも自分から進んで国債を買うことによって政府の手先となって赤字財政に荷担したのだから、という箇所がおもしろいと思いました。

 


国債を買っている人はそんな意識は無いと思いますが。

 


下記の本を參考にしました

 


『自由はどこまで可能か』

 リバタリアニズム入門

 森村 進

 講談社現代新書

 

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