こんにちは。冨樫純です。
独学で、政治学を学んでいます。
そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。
タイトル
自然法と人間の認識能力
1680年代の王位継承問題を通じて、 イングランドではホイッグとトーリーの両党派が形成された。
王位継承問題に議会が介入できるとしたホイッグに対し、 逆に議会による干渉を否定し、王の血縁を優先する側がトーリーと呼ばれるようになる (後の自由党と保守党)。
ピューリタン革命以来の議会と王権の対立が、カトリック教徒の王位継承の可否をめぐって再燃した形となった。
ホイッグの領袖シャフツベリ伯との出会いから政治と深くかかわることになったのが、ジョン・ロックである。
議会を解散して圧政を強めるチャールズ2世に対し、シャフツベリらはクーデタを試みるが、これを擁護するためにロックは『統治二論』を執筆した。
政府の権力は人民からの信託を受けたものであり、不正な権力に対し人民は抵抗する権利をもっている。
このように論じたロックは、恣意的な権力から個人の権利を守ることをめざした。
このようなロックは、しばしば近代自由主義思想の祖とされる。
ネオ・ハリントニアン的議論が主流であった同時代にあって、自然法や自然権の理論から社会契約を体系的に論じるロックの政治論はむしろ例外的なものであったが、その影響は独立期のアメリカをはじめ、広く後世の議論に及んだ。
ロックの議論で特徴的なのはまず、自然法の理解である。 ホッブズの自然法が、平和を実現するための理性の推論にすぎなかったのに対し、ロックの自然法は「自然の光によって明らかにされる神の意志」であった。神によって与えられた自然法の規則に人間は従うことを義務づけられているとロックは考えた。
このような議論は、一見、伝統的なものに見える。 しかしながら、ロックは、哲学史上における経験論の定礎者として知られるように、人間はあたかも白紙(タブララサ)の状態で生まれてくるのであり、何ら生得の本有観念をもっていないと主張した哲学者である。
ある意味でロックは、客観的な自然法の秩序を認める一方で、その自然法の内容が生まれながらの人間には備わっていないと主張したことになる。
両者の緊張を架橋するのが、人間の認識能力であった。自然法は自動的に人間を支配するのではなく、人間が能動的に自然法を知るとロックは考えた。
感想
「神によって与えられた自然法の規則に人間は従うことを義務づけられているとロックは考えた」
という箇所がおもしろいと思いました。
キリスト教の影響が大きいことがここからも伺えるので。
下記の本を参考にしました
『西洋政治思想史』
宇野 重規著
有斐閣アルマ