こんにちは。冨樫純です。
独学で、社会学を学んでいます。
そこから、個人的に関心のある話題を取り上げて、紹介したいと思います。
感想も書きたいと思います。
話題 性行為というコミュニケーション
性行為というコミュニケーションと比較してみよう。
性行為には、一般に三つの働きがあるといわれる。
子どもを授かるという生殖行動、言葉と身体を通じた愛情表現、性的快感を得るという快楽追求の三つである。
このうち、第二の愛情表現が、性行為をコミュニケーションとしてとらえさせる有力な要素である。
具体的には、愛情表現において、愛や好意、性的快感を言葉として伝えたり、生身の身体たる肌を直接接触させて愛撫するという、他の社会関係においては許容されない行為を当該の二人が行なう。
そのような行為を行なう選んだ・選ばれた相手であることと慈しみ・慈しまれる行為によって、愛情表現の一端が示される。
他の社会関係では許容されない行為を許容しあうことに、排他的に相手を独占する・相手に独占されるという意識がともない、それを相手が守らないとき、嫉妬や憎悪の感情が相手や第三者に対してわきおこる。
身体接触のある行ないのなかでも、性行為やスポーツは、それを対人的に行なう当事者たちを対等のもとにおこうとする。
性行為では愛という名のもとに、スポーツではフェア・プレイの名のもとに。
もちろん、そのような対等な形になりえない場合も、残念ながら、性行為でいえばレイプのような権力性・暴力性をもった形で存在したりする。
また、サド -マゾ関係のように非対称的な関係を遊戯として楽しむというような性行為もある。
それに対して、同じ身体接触をともなうコミュニケーションとして、ケアにはケアを必要とする者とケアを提供する者という形で非対称性が構成される。
加えて、性行為の多くは、二者の私秘的な空間で行なわれるのに対し、ケアは公的空間において行なわれる場合もあれば、私秘的空間で行なわれる場合もある。
感想
性行為もコミュニケーションの一部とする捉え方がおもしろかったです。
下記の本を参考にしました
『コミュニケーションの社会学』
長谷 正人 他1名
有斐閣アルマ