こんにちは。冨樫純です。
「マルクスの物神化」についてのコラムを紹介します。
確かに、マルクスのいうように、人は物そのものに価値があると錯覚しまっているところがあるのかもしれないと思いました。
マルクスの価値基準の考え方をみてみよう。
ここに1粒のダイヤモンドと1枚の紙があり、どちらかをもらえるとすれば、誰もがダイヤモンドと答えるだろう。
なぜならダイヤモンドの方が価値があると考えるからだ。
それでは、その価値の基準は何だろうか。
マルクスは、ある物が役に立つかどうかという価値基準を「使用価値」、他のものと交換できるかどうかの価値基準を「交換価値」とよんだ。
「使用価値」はその使用者によって左右される。紙も、それを必要としている人にとっては、ダイヤモンドよりも役に立つものだからである。
また、「交換価値」は社会的な関係から生み出されてくるものであり、その価値(値段)は変動する。
人は、物自体に普遍的な価値があると思い込む。
ある物の価値は、社会的な関係の反映にすぎないのに、人は物そのものに価値があると錯覚してしまう。
マルクスは、この錯覚のことを物神化とよび、資本主義社会の根底にあるものとして指摘したのである。
下記の本を参考にしました。
倫理資料集
第一学習社