こんにちは。冨樫純です。
哲学や倫理学に興味があり、それに関連する本を読んでいます。
そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。
タイトル
体験の明確化
言語化によって得られる利益は、他人から判断材料をもらえるだけではない。
これとは別に、言語化した当人にとっても利益となるものがある。それは、自分の体験を明確にする助けとなるというものだ。
例として、いま食べているカレーと先週食べたカレーの違いを比べる場合を考えてみよう。
しかも、言葉を使わずに比較してみるとする。いま食べているカレーはまさに味がしているが、先週食べたカレーの味はいまはしない。
先週のカレーはどうだっただろうか。それを思
い出そうとするときに、再び口のなかに味が広がってくるわけではない。
何かぼんやりとしたイメージは浮かんでくるかもしれないが、非常に頼りないように思われる。いまのカレーと何か違うとはわかっても、どう違うのかまではうまく理解できないだろう。
さらに、先週食べたカレーと先々週また別の店で食べたカレーの違いとなると、違いはより曖昧になってくる。
だが、言葉を使えば区別をつけるのは簡単だ。
「いま食べているカレーは、ルーはサラサラして、しびれるような辛さ、ヨーグルトの酸味、玉ねぎの甘味が感じられる」「先週のカレーは、ルーはドロドロで、トマトの酸味が感じられ、最初はそこまで辛くないのだが後を引く辛さがあった」といったように、言葉にすれば違いが明確になる。
さまざまな言葉が使えるようになると、その分だけ多くの区別がつけられるようになるのだ。
感じた味や香りを言葉にする作業は、ソムリエを目指す人が読む本ではよく推奨されている。
ソムリエはさまざまなワインの味や香りを記憶して区別する必要があり、その能力を養うためには、ワインを飲んだときに感じた香りや味をメモするのが良いそうだ。
言葉にすることでさまざまなワインの違いを整理でき、また、メモを見返すことで「あのワインとこのワインが似ていると感じたのはこういう共通点があったからなのか」といったことも発見できる。
自分が感じた味の共通点や相違点を、より明確な根拠から理解できるようになるのだ。
以上のように、体験を言語化することで体験が明確になる。
現在体験している味と過去に体験したさまざまな味の違いは、言葉による区別を利用することで明らかになるのだ。
逆に、体験を言語化しないと、その体験が他の体験とどう違うのかもうまく理解できない。言語化
は体験の特別さを奪うものではなく、特定の体験の特別さを際立たせてくれるものだと言えるだろう。
感想
言語には体験を明確にする効果があると思います。
下記の本を參考にしました
『美味しい』とは何か
食からひもとく美学入門
源河 亨