とがブログ

本の紹介と、ぼくの興味があるテーマについて書きます。

子どもが親を越えられない時代

こんにちは。冨樫純です。

 


独学で、社会学を学んでいます。

 


そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。

 


タイトル 

 


子どもが親を越えられない時代

 


豊かな現代社会に特徴的な現象を考えよう。

 


1980年代後半頃から 2世議員2世タレント あるいは2世アスリート (力士、騎手、野球選手など) がマスコミの話題にのぼるようになってきた。

 


これは親の職業と本人の職業の関係への社会的関心が高まりつつあることを端的に示す現象と見ることができる。

 


いつの時代にも、親と同じ職業的地位に就くのか、あるいは親の職業的地位を上回るのか、下降してしまうのか(社会移動)は、私たちの重要な関心事項である。

 


それゆえにこれは、社会的な不平等の本質と見られてきた問題でもある。

 


そしてこのこともまた、社会の豊かさの趨勢と深く関わっている。

 


高度経済成長期には、多くの若者たちが、親とは異なる産業で、親とは異なる職種に就くことができ、だれもがそのことを親よりも「よい」職に就いたと考えていた。

 


これは構造移動といわれる日本社会全体の変動の恩恵を受けた実態である。

 


しかし、豊かな安定期を経た今日の親と子どもの関係では、もはや構造的な上昇が確保されることはない。

 


ゆえに、せいぜい職業的地位が親より下降することが回避できれば上々と考えなければならない。

 


そうなると、私たちは2世現象に象徴されるように、世の中には親と同じ職業的地位を固定的に継承している恵まれた層があるのではないか、ということが気になりはじめる。

 


他方では、そうした上位層への参入を妨げられている多くの人びとがいることにも気づくようになってくる。

 


このことについて佐藤俊樹は社会階層論の立場から 今日の日本社会が不平等社会へとあゆみつつあると指摘している。

 


高度経済成長期の日本人の最終的な到達目標は、ホワイトカラー雇用者(サラリーマン・OL) の上位にあたる職業層であった。

 


ところが、豊かな安定期の調査データが示す実態を見ると、この層において閉鎖的に世代間の地位継承がなされる傾向が強まっており、下位層からの参入が難しくなりつつあるのである。

 


こうした世代間関係に、少し異なる側面からもふれておこう。

 


近年、未婚化・晩婚化ということがさかんにいわれている。

 


この傾向を助長する要素として、学校を卒業して初職に就いてからも(あるいは職に就かないままで) 親世代と同居し、基礎的生活条件を親に依存する若者たちの存在がある。

 


「パラサイト シングル」といわれる生活形態である 。

 


じつは、このパラサイト・シングルが増加したのもまた、右肩上がりの成長の終焉に起因するといわれている。

 


高度経済成長期の日本社会では、生年が若いほど豊かさが増していたので、女性にとっての結婚相手となる同世代男性は、自分の父親より安定した組織に雇用された給与所得者であり、 自分の父親より学歴が高く、生涯賃金も多いという傾向が見られた。

 


そのため、生まれた家族から出て新しい世帯を築くことは、生活水準の向上につながりやすかった。

 


ところが現状では、結婚して新しい世帯を築くことは、必ずしも生活水準の向上には結びつきにくい。なぜならば、豊かな安定期が長く続いたため、 親世代と子世代は、 同質の産業社会におい

て、大きく異ならない水準の学歴や職歴を達成するようになったからである。

 


むしろ、若年であるほど、貯蓄が少なく、雇用の流動化も進んでいるため、結婚離家して世帯を新しくすると生活水準は低下しかねない。

 


そうなると、若者たちはリスクの大きいところへとあえて踏み出そうとはしなくなる。

 


1980年代の終わり頃、女性誌で結婚相手となる男性の望ましい条件として「3高」ということがいわれたことがある。 高学歴で、高収入で、高身長の理想の結婚相手はなかなかみつからないとい

う、 バブル経済の世相を反映した、いくぶん皮肉まじりのジョークである。

 


感想

 


たしかに、こういう見方もあると思いました。

 


下記の本を参考にしました

 


『Do! ソシオロジー』改訂版       

 現代日本社会学で診る

 友枝 敏雄 他1名

 有斐閣アルマ

 

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