とがブログ

本の紹介と、ぼくの興味があるテーマについて書きます。

「授かる」から「つくる」へ

こんにちは。冨樫純です。

 


独学で、社会学を学んでいます。

 


そこから、個人的におもしろいと感じたところを引用し、感想を書きたいと思います。

 


タイトル 

 


「授かる」から「つくる」へ

 


かつて、子どもが生まれることについては、「授かる」という表現がされていた。

 


新しい生命の誕生には、神秘的なヴェールがかかっており、人間の力のおよばない何かに対する畏敬の念が、「授かる」の一語に込められていたと思われる。

 


しかし、それは少し前までは、という但し書きを

つけなければならない。

 


今や、子どもは「授かる」ものから「つくる」ものになっているようだ。

 


“子どもとは、親の意志や計画にもとづいて生み出すものであり、また、こうしてつくった子どもは、親の意向のもとで (たとえば教育などの技術的手段を通じて) つくりかえが可能なものであるかのようにさえ考えられるようになっている。

 


ここには子どもをめぐる社会の視点の転換が見られるように思われる。

 


森林太郎、後の鷗外は、明治維新の前年、5歳ですでに『論語』を学び、7歳にして藩校に通い、とびぬけて優秀な子どもであった。

 


父親の静男は、津和野藩の御典医であったが、明治5年に侍医として招かれたので、上京することになった。

 


そのとき、林太郎は10歳だが、すでにドイツ語を

学び、明治7年に12歳で (入学年齢に達しないので、2歳水増しをして) 医学校に入学をした。

 


夏目石と双璧をなすこの文豪の早熟の才に、父は母に向かって「やっぱり林は普通の子ではないねえ。己達の子としては出来過ぎている。どうか気をつけて煩わぬようにしなければならないよ」といったことを、妹の喜美子が記憶している。

 


ここでは、我が子でありながらも、鷗外を自分たちの延長としては位置づけていない姿がある。

 


いいかえれば、子どもの優秀さが、両親の優秀さの証明として用いられていないのである。

 


「授かる」とは、そのような構えを指している。

 


ところが、子どもを「つくる」という意識が広まった現在では、我が子が、どんな領域であれ、頭角をあらわして優れた能力を示せば、それはすなわち、生んだ自分たち両親の資質を受け継いだとして、得意になることが多い。

 


さらに、「つくる」という意識は、望むタイプの子どもがほしいという願望に弾みをつける。

 


たとえば、現在は法律の壁に阻まれているが、男女産み分けの技術可能になったことは、今後望む子どもの性別選択に影響をおよぼすだろうし、配偶者選択が将来生まれてくる子どもの資質を左右する遺伝的観点に大きな比重をおいてなされることも大いに考えられるであろう。

 


精子銀行で、さまざまな条件を満たした精子を選んで生まれてくる子どもを「商品としての子ども」と呼ぶ論者がいるが、同様の子どもを別の論者は「デザイナーズ・ベイビー」と呼ぶ。

 


このように、社会の変化は、子どもを見る視点を大きく変化させてきたのである。

 


感想

 


子どもは授かりものだと言われることがあり、確かに神秘的な感じがあると思いました。

 


いつ頃から「子どもをつくる」と言われ始めたのか疑問は残りました。

 


下記の本を参考にしました 

 


ジェンダーで学ぶ社会学』  

 伊藤公雄 牟田和恵編著

 世界思想社

 

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