とがブログ

本の紹介と、ぼくの興味があるテーマについて書きます。

倫理的問題がある心理実験

こんにちは。冨樫純です。

 


アイヒマン実験と模擬刑務所実験」についてのコラムを紹介します。

 


確かに、倫理的問題がある実験かもしれませんが、個人的にはおもしろい実験だと思いました。

 


権威ある存在に対して過度にコミットし、そこから与えられた規範に服従する個人の心理を検証した最も有名な社会心理学の研究は、ミルグラムによって行われた(Milgram, 1963)。

 


第2次世界大戦下のナチス・ドイツ官僚、アイヒマンは、ホロコーストの実行責任を問われ、長き逃亡生活の末、1960年に逃亡先のアルゼンチンで逮捕された。

 


彼の役割は、ヨーロッパ各地におけるユダヤ人の強制収容所への輸送を指揮することだった。

 


裁判において彼は、ナチスユダヤ人迫害について遺憾の意を表明したものの、自分自身は職務命令に忠実に従っていた平凡な個人にすぎないと主張した。

 


この裁判を受けて、ミルグラムは権威に服従する人間の心理を探究するための実験に着手した。

 


実験には20~50 歳のアメリカ人男性が参加し、「記憶に及ぼす罰の効果」を検討する研究であるとの説明を受けた。

 


参加者は2人1組になり、くじ引きで教師役または生徒役に割り振られることになったが、実は一方はミルグラムが用意した実験協力者で、くじはつねにこの協力者が生徒役となるように作られていた。

 


生徒役は隣室で「電気椅子」に固定された。

 


教師役の参加者は記憶再生テストを出題し、生徒役が間違える度に電気ショックによる罰を与えるよう、実験者から教示された。

 


彼らの前には送電盤が置かれ、15ボルトから450 ボルトまで、15ボルト刻みで 30個のスイッチがついていた。

 


実験が始まると、生徒役はしばしば誤答し、教師役である参加者は、その都度ショックのレベルを1段階ずつ上げるよう教示された。

 


生徒役は送られるショックの強さが135ボルトになったところでうめき声をあげ、150 ボルトで悲鳴をあげて実験の中止を求め、330ボルト以降は無反応になった(この声はあらかじめ録音されたもので、実際には電気ショックは送られていなかった)。

 


実験者は参加者に、生徒の反応に関わりなくショックを送り続けるよう繰り返し指示した。

 


参加者たちはどの時点で実験の続行を拒否しただろうか?

 


その結果は衝撃的なものだった。

 


40人の参加者のうち25名が、送電盤の最大値である450 ボルトまでスイッチを押し続けた。

 


彼らの多くは実験中に冷や汗をかいたり震えたりして極度の緊張を感じていたが、名門イェール大学で行われる学術研究という権威の前では、途中で席を蹴ることはなかったのである。

 


この結果は、アイヒマンが主張した「権威への服従」の心理が予想以上に人々の行動を縛るもの

であることを示し、その後も多くの議論を生んだ。

 


ミルグラムの実験と同様、そのショッキングな結果から当時の世論を大きくにぎわした研究として、ジンバルドーらの模擬刑務所実験がある(Haney etal, 1973など)。

 


彼らの実験は当初、2週間の予定でスタートした。

 


心身ともに健康で犯罪歴のない24名の男子大学生が参加し、半数ずつ看守役または囚人、役にランダムに割り当てられた。

 


囚人役の学生は自宅前で突然「逮捕」され、スタンフォード大学心理学部の地下に設置された模擬刑務所に収容された。

 


彼らの日々の生活は実際の刑務所に倣って設定されていた。

 


2日目の朝、数名の囚人役学生が看守役に抵抗を示したことをきっかけに、さまざまな変化が現れ始めた。

 


看守役学生は協力してこの反逆を鎮圧し、抵抗した者に罰を科す一方で、反逆に加担しなかった者には特権的待遇を与えるなどの策を講じた。

 


囚人役の学生の結束はしだいに薄れ、互いに疑心暗鬼になって萎縮していった。

 


一方、看守役学生は結束を深め、熱心に職務に邁進した。

 


特に「点呼」の際には高圧的な態度で囚人役にしばしば理不尽な要求をし、腕立て伏せなどの罰を盛んに与えるようになった。

 


まもなく囚人役学生には極度の抑うつや無気力などの兆候が現れた。

 


精神のバランスを崩して号泣する者や心因性の発疹に襲われる者も出てきた。

 


彼らの著しい変化は研究チームの予想を超えるものであり、実験は6日間で打ち切られた。

 


模擬刑務所実験は、健康な大学生がたまたま与えられた囚人や看守という「役割」に没入し、一時的な実験状況に過度にコミットすることによって、行動の自由を自ら狭めていくプロセスを描き出した。

 


ジンバルドーらはこの実験を通して、個人のパーソナリティー特性を大きく凌駕する「状況の力」の強さを訴えたのである。

 


これらの研究はいずれも、特異な実験状況が作り出した社会的リアリティとそうした状況へのコミットメントが個人の倫理判断に大きな影響を与えうることを明らかにした。

 


しかし、同時にこれらの研究は、実験そのものの倫理性についてもさまざまな議論をよぶことになった。

 


今日の心理学界では、参加者に精神的苦痛を与える恐れのある実験や調査の実施には非常に慎重で、あらかじめ厳しい倫理審査が課される。

 


したがって2つの研究の追試はもはや困難と考えられていたが、2009年にアイヒマン実験の再現を試みた研究が報告され、研究者たちを驚かせた(Burger, 2009)。

 


そこでは参加者が押す電気ショックのレベルが 150ボルトを超えた時点で実験を終了するなどの工夫が施され、45年前と同様の結果が得られた。

 


一方、模擬刑務所に関してはその後、看守役学生の高圧的な態度や行動は、研究者が事前に与えた教示の影響に因るところが大きいのではないかとの疑義が出された(Banuazizi & Movahedi, 1975; Haslam & Reicher, 2012)。

 


実際、2001年にイギリスの研究者がBBCの協力を得て類似の研究を行った際、研究者の介入を極力排するよう配慮したところ、結果はジンバルドーらの知見とは異なる様相を呈した(Reicher & Haslam, 2006)。

 


この古典的研究の再現性をめぐっては、当時の実験手続きの再検証を含め、今も議論が続いている。

 


下記の本を参考にしました

 


社会心理学』 

 池田 謙一 他2名

 有斐閣