こんにちは。冨樫純です。
ある質問や疑問に答える形式で、解決の参考になりそうなことを書いていきます。
法律的なものです。
質問の内容は、主に女性目線からものです。
質問
勇気を出してお医者さんに行ったら「16週です」といわれました。
ショック!
解答
刑法には堕胎罪というものがあります。
女性の意思に反して、勝手に中絶してしまう不同意堕胎罪(同 215条)、その結果女性を殺してしまったり傷害を負わせてしまう不同意堕胎致死傷罪(同 216条)のように、女性の生命、身体を守るために当然の規定もあります。
しかし、女性が自分で中絶した場合 (自己堕胎罪、同 212条)や、医者などの第三者が女性の求めに応じて、あるいは女性の承諾を得て中絶した場合 (同意堕胎罪、同213条/業務上堕胎罪、同 214条) をも犯罪としています。
こうした堕胎罪の目的は、胎児の生命·身体とともに妊婦の生命、身体を保護することにあるとされています。
しかし、どうして女性自身の意思で中絶しているのに、それが妊婦の生命、身体の保護のために処罰する理由になるのでしょう。
自分の身体に傷をつけたり自殺したりしても犯罪にはなりません。
それに医学的には、妊娠初期に中絶したほうが、そのまま妊娠を続けて出産するより、女性の身体にとってはずっと安全なのです。
だとすると、堕胎罪というのは、胎児の生命、身体を保護するためのものなのでしょうか?
堕胎罪をめぐっては、これは女性の自己決定権(憲法 13条) の侵害であるとして廃止を求める立場と、胎児の生命保護のために存統を求める立場が激しく対立しています。
胎児の生命、身体の保護という目的は、堕胎罪の根拠になるのでしょうか?
堕胎罪というのは、女性の求めに応じて中絶を行った医師や中絶をした女性本人を処罰する犯罪です。
処罰されるとなれば医者は中絶をしてくれません。
医学的知識がある専門家による比較的安全な中絶が受けられないとなれば、女性たちは中絶をあきらめてきたのでしょうか?
いいえ、違います。
女性たちはそれでもやはり自分たちで中絶してきました。 そのために多くの女性が命を落としましたが、それでも中絶してきたのです。
「人の命は何よりも重い」と中絶反対派の人はいいます。 しかし、大切な命を守ろうとしたはずの堕胎罪は、多くの女性の命を奪ってきたのです。
なぜなら、どうしても産めない状況が1人ひとりの女性にはあるからです。
中絶の選択をするとき、このまま生まれてくるかもしれない胎児の命を大切に思わない女性が多いとは思えません。
中絶は女性の身体や心に大きな傷を残します。 それでも中絶の決定をしたときには、女性のその決定は尊重されるべきです。
国家によって刑罰を科されるベきではありません。 妊娠は男性がいなければありえません。
しかし、男性の責任は問われていないのです。
望まない妊娠の原因は、むしろ男性のほうがつくっていることは明らかです。女性だけに責任を負わせる堕胎罪は、望まない妊娠を減らすには何の役にも立ちません。
胎児の命を守ることはもちろん大事だと思います。しかし、そのために社会がすべきことは、まず根本的に、女性が性と生殖に関する自己決定ができる力をつけられるようにすること、望まない妊娠を減らすための避妊をすすめること、子どもを産み育てられる社会的環境をつくることではないでしょうか。
日本には堕胎罪があるにもかかわらず、合法的に中絶ができてきたのは、優生保護法があったからです。
優生保護法の認める中絶は、堕胎罪にはなりません。
次の5つの場合に中絶が認められていました (同14条1項1号~5号)。
①本人または配偶者が精神病、精神毒弱、 精神病質、遺伝性身体疾患または遺伝性奇型を有しているもの
② 本人または配偶者の4親等以内の血族関係にある者が遺伝性精神病、遺伝性精神毒弱、遺伝性精神病質、遺伝性身体疾患または遺伝性奇型を有しているもの
③本人または配偶者がらい疾患にかかっているもの
④妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
⑤暴行もしくは脅迫によってまたは抵抗もしくは拒絶することができない間に姦遅されて妊娠したもの
大多数の中絶は、④の 「経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれ」があるという理由で行われてきました。
優生保護法は女性の人権を守る法律とはいえません。
優生保護法の基本的な目的は、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」(同1条)とあるように、優生思想にもとづいて「不良な」国民が生まれることを防止することにありました。
優生思想を示す部分が削られ、中絶の規定からも①②③が削除されました。
しかし、「母体」 というのは産前、産後を含む妊娠中の母親のからだをさします。
中絶はすべての女性の性と生殖にかかわることが
らです。それを「母体保護」 と呼ぶのは、女性の性は母であることのためにあるというきめつけではないでしょうか。
また、中絶できる時期も問題です。
母体保護法の認める中絶は、「胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に」
行われたものをいいます (同2条2項)。
この時期は、法律上は医者が判断することになっていますが、実際上は厚生労働省 (旧厚生省)
事務次官通知で決められています。
この時期が、新生児医療の発達によってどんどん短縮されており、現在は 22週未満になっていま
す。
本来、どのような行為を犯罪として処罰するかは国会で議論して法律で定めなければなりません (罪刑法定主義)。
堕胎罪の適用範囲を、法律の改正によらないでたんなる事務次官通知で広げることは問題です。
この決定に、当事者である女性の意見はまったく反映されていません。
また、妊娠中期の中絶は20代前半までの若い女
性に多いことから、中絶できる期間の短縮は、出産するにしろ中絶するにしろ困難の多い若い女性たちに、さらに困難を強いることになります。
さらに、母体保護法が、中絶の条件として配偶者の同意を要求している(同14条1項) のも問題です。
女性の意思が、配偶者の反対によって否定される可能性があるからです。 女性の意思と配偶者の
意思が一致しないときは、女性の意思に従うべきです。女性の身体にかかわる決定なのですから。
1955年には117万件あった中絶が、2009年度には約 22万件まで減少し、女性1000人あたりの実施率も8.2 まで低下しています。
避妊の普及の成果はあがっているといえるでしょう。
中絶というと、10代の未婚女性の中絶の増加ばかりが意図的に強調されますが、中絶の大半は20代以降の女性によって行われています。
多くの既婚女性が中絶を選択しているのです。
下記の本を参考にしました
『ライフステージと法 』
副田 隆重 他2名
有斐閣アルマ