とがブログ

本の紹介と、ぼくの興味があるテーマについて書きます。

私有財と共有財と環境保全

こんにちは。冨樫純です。


「私的所有と共有地」についてのコラムを紹介します。


資本主義国の公害問題はよく言われますが、社会主義国でも起きているという指摘がおもしろいと思いました。


私有財と共有財とではどちらの場合がより環境保全的か。


この問いは、環境問題をめぐる社会科学的な研究にとって、もっとも論争的なテーマの1つである。


私有財産制のもとでは、原則的には、自分の所有する財はどんなふうに利用することもできる。


近代的所有権は、絶対的、排他的な権利であり、誰も口出しできない立ち入り禁止の領域である。


営利追求を最優先する資本制のもとでは、経費のかかる公害対策は軽視されがちであり、公害問題の発生は必然化する。


これが古典的なマルクス主義的立場である。


水俣病をはじめとする産業公害の事例によくあてはまる。


けれども、国有化や集団的所有を推進した社会主義国旧ソ連や東欧諸国でも深刻な公害間題が生じている。


旧ソ連チェルノブイリ原発事故は、原子炉に格納容器がないなど、同国の原子力発電所の安全規制や管理体制の問題をあらわにした。


1992年のドイツ統一にともなって、西側の安全基準を満たさないため、旧東ドイツにあった旧ソ連型の原子力発電所はすべて閉鎖された。


ドイツの酸性雨のおもな原因は、東欧諸国の重化学工場の大気汚染にあった。


一方、共有財は環境破壊をもたらすという立場の代表は、 「コモンズ (共有地)の悲劇」を提唱した G. ハーディンである(Hardin 1968)。


牧草地が誰でも利用できる共有地の場合、牛飼いたちは、肥育する牛の数を増やして、自己の利益を増大させようとするだろう。


牛飼い全員がそうしようとする結果、放牧される牛の数は、牧草地の容量を上回って増大し、全員が共倒れするというモデルである。


しかし本当に、すべてのコモンズで共倒れの悲劇が起こっているのだろうか。


むしろ日本の入会地など、伝統的なコモンスでは、たくみな規制が働いて、資源の過剰搾取を防ぎ、環境保全的である場合が多い(宮内 井上編 2001. 井上 2004)。


ハーディンの提起は、逆説的に、人類学者や環境研究者などに、このような環境保全型の「幸福なコモンズ」の事例を発見させる契機となったともいえる。


結局、真の課題は、私的所有かコモンズか、私有財か共有財か、という優劣論争や信仰告白にあるわけではなく、どのような社会的条件のもとで、どのような社会的規制が実効的であるのかを論理的、実証的に探求することにあるといえる。


下記の本を参考にしました


社会学

   新版 (New Liberal Arts Selection)

  長谷川 公一 他2名

  有斐閣