こんにちは。冨樫純です。
「親密圏をめぐって」についてのコラムを紹介します。
追い詰められた人たちを救う場所としてこのような空間は必要だと感じました。
公共性をめぐる問題と関連して、親密(intimate sphere) についての議論が存在する。
親密圏とは、気心の知 れた者たちに囲まれること、その関係性に価値を置く空間であって、そこでの主体は他者に依存することで成立しており、従来こういった関係性は私的領域としてその政治性が認められてこなかった。
一方では親密圏を公共性からの「逃避の場」や、公共性を奪われた人間の居場所として把握する人々が存在するが、他方では人々が公共性、すなわち 「みんなにかかわること」 に関心をもつためには、その背後に、そうした人間になっていく(become)ための場所としてとらえる人々もいる。
元来、 傷つきやすさを抱いている人々を育み、守り、抵抗するための力をもつようにケアがなされる親密圏の役割は、新たな公共性の創出のためには不可欠なのかもしれない。
しかし、親密圏は複数の人間から成り立つといっても、公共性と同じような開放性はなく、かつ「具体的な他者の生や生命への関心や配慮」 によって成り立つ(斎藤 2000) 領域である。
そこには家父長制や異性愛至上主義、ドメスティック・バイオレンス (DV) といった問題も存在する。
また家族以外にも、セルフヘルプ (自助) グルーブなど、多様な形の親密圏が存在する。
下記の本を参考にしました
『ここから始める政治理論 』
田村 哲樹 他2名
有斐閣ストゥディア